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自己紹介

福島に住んでます。47歳、自営業です。

外国人の彼女との出会い

1996年から5年間イギリス・ロンドンに留学していました。大学院を目指し、英語学校に1年間、ファウンデーョンコースという大学に入る準備をする学校、そして大学院に行きました。

社会人を少し経験してから留学しましたので若い頃の留学とは多分違ってたと思います。彼女との出会いはその英語学校のクラスでした。

週に一度テストがあり、テストの結果でクラスのランクを上げていく方式でしたので、クラスが結構変わる学校でした。

私が上級クラスに変わった時でした。かならず自己紹介をしてクラスにはいるのですが、この上級クラスになると数週間~1ヶ月くらいの短期留学の多い日本人は少なくなってきて、ほとんどがアジア人以外の外国人になってきます。

自己紹介の時にクラスを見回すと、3分の2くらいがヨーロッパの女性の学生でした。日本人ですから、やっぱり自己紹介を英語でするのはかなりプレッシャーがかかるのと、上級クラスなので少し「ツン」としている学生も多くなるものです。

そんな中ですが、拍手をパラパラと受けて自己紹介を無事に終えて空いてる席にすわると後ろからブラウンヘアーの女の子から「マリアです」と日本語で挨拶されました。僕はつい「どーも」と答えたのを覚えています。その時は振り向きざまでしたのであまり気にしませんでした。

何日かのクラスが通り過ぎて、キャンティーンで一人でランチをしていたら、「ここいい?」と綺麗な英語で話しかけられました。「Please, Please」と答えるとあの時にクラスで日本語で話しかけてきたマリアでした。

その時は午前中でクラスも終わっていたので2時間くらいでしょうか?キャンティーンでいろんな話をしました。その時に初めて彼女がハンガリー出身だということを知りました。

その頃は少しは英語が上達し始めたところだったので2時間くらいのおしゃべりはあまり苦になりませんでした。

僕はトルコ人の経営する自動車整備工場(あくまで合法です)でアルバイトを午後から夜にかけてしていたのでアルバイトがあるからまたお話ししましょうと別れました。

その時もマリアが自分の彼女になるというのはまだ気づいてませんでしたし、感情もまだまだありませんでした。日本人が白人の女性と付き合うということもまるで考えていませんでした。

僕の日常は・・・英語のクラス→アルバイト→パブでビールを飲んだり、クラブに行ったり、夜の観光などに行ったり・・・と一人のロンドンライフを楽しんでいたからです。

それから何週間かが過ぎて、クラスにも馴染んできてみんなでご飯をしようということになり、だれかの提案で中華料理が食べたいということで、なぜか日本人の僕が仕切ることになり、いつも利用している、ロンドン中華街の「ワン・ケイ」という激安、店員の態度がまるでケンカ売ってるようなとてもエキサイティングなレストランを選びました。ご存知の方はご存知でしょう。ただ味はピカイチです。

7人くらいだったでしょうか?いつものピカデリーサーカスで待ち合わせをしてワン・ケイへ。その中にマリアもいて、円卓を挟んで彼女はちょうど反対側あたりに座っていたと思います。

メニューの説明をひとしきりして、全員の注文が終わり、料理が運ばれてくる頃にはみんなアルコールも嗜んでいてかなりの談笑モードでした。

マリアの顔をじっと見てみるとこれが美しい女性だというのに初めて気が付きました。食事が終わり、みんなそれぞれの帰路についてマリアも駅に向かい歩いていました。

同じピカデリーラインだったので、マリアの背後から「こんばんわ」と日本語で声をかけてみると「後ろ歩いてるの知ってたよ」(英語)と振り返ってくれました。

その時くらいからでしょうか?僕の気持ちに少しだけ感情が芽生え始めたのは。一緒に駅まで歩きながら、「どっかパブ行って飲まない?」と誘うと「すこしだけならいいよ。ホームステイ先の門限があるのよ」と初めて彼女に門限があるのも知りました。

ロンドンには無数のパブがあって、場所によってはゲイ専門のパブやメディア業界人が多く集まるパブや中には幽霊が出るというパブまであるんですが、その時はSOHOの中にあるビジネスマンの多く集まり、道まで人が立っているというお店にしました。

というのも僕はロンドンに住んでからパブクロールといい、何軒もパブを徘徊していたのでセントラルにあるパブは結構詳しかったのです。

人を押しのけてバーカウンターに入っていかないとビールにありつけないので彼女はこういう場所が初めてだったらしく「入れないよね~」と言ってたんだけど、とりあえず手をとってグッと引っ張り中に入って行きました。

みんなそういう入り方をするので誰も怒らないし、押されるのが普通なので「Excuse us」とか言いながら通ってると押した人から微笑みかけられたり、ウインクをされたりしながら進むのも楽しいんですよね。

このパブに来る人は本当に紳士・淑女がおおいのです。さすがイギリスの経済を担ってる人たち。そう、この手を引っ張った時に自分の感情がかなり高くなったんです。

その日も人混みのパブの中でいろんな話をしました。ハンガリーの事とか、彼女の幼い時の話とか・・・多分この時には僕は完璧に彼女に恋をしたんだと思います。

その時に、週末よければ遊ぼうよと誘いましたが別のお友達との約束があるということでその時はフラれてしまったと思います。初めてデートができたのはその二週間後くらいだったと思います。

彼女との思い出

彼女とは本当に高校生のようなデートをしていたと思います。毎日美術館や博物館、パブで食事など、二人であちこちに出かけました。

特に覚えているのが、夜のロイヤル・アルバートホール(ビートルズもライブをしたアリーナ)の外で、僕はマリアに初めて自分の思いを伝えました。

この時はすでに最初にデートした時から1ヶ月以上は経過していたと思います。やっぱり相手がハンガリー人ということで少し白人コンプレックスがあって「どうせお友達としか思ってない」とか言ってアジア人の僕は終わりなんだろなって思っていました。

ただ、たくさんの時間を使って確信をすこしづつ高めていたのかもしれません。それまで何度も告白したいと思ってましたがいつも言えないで終わっていました。

その時はロイヤル・アルバートホールのライトアップの美しさとあと少しのお酒が背中を押してくれました。その時私は31歳、マリアが28歳だったと思います。

こんなプラトニックはあまり自分でも経験したことがなく今でも綺麗な思い出ですね。その告白の時、彼女はたしか「ロンドンだけね」と言った記憶があります。

そう、僕たちの関係はやっぱり留学してる期間限定ということだったのでしょう。それでも僕は嬉しくて人気の少なくなったハイドパークの入り口でたくさんキスしました。

彼女とのその後

彼女と過ごした時間はとても有意義で、英語も上達したし、ハンガリーというヨーロッパの国の名前がモンゴルの「ハン」民族から来た国の名前だという事も彼女から教えてもらいました。

ハンガリーにはたくさんアジア人の顔を持ってる国民がたくさんいるという話も聞きました。ドナウ川のクラシックミュージックの国だと思っていたので当時の私には衝撃的でした。

さて、この「ロンドンだけ」という関係も彼女の留学する期間が終わりに近づくたびに二人の終わりが近づいていました。

彼女がハンガリーに帰る前の日は朝からずっと夜明けるまで最後の時間をすごしました。ヒースロー空港で泣きながらマリアが耳元でカーペンターズの「Close to you」を歌ってくれました。

僕も涙が止まらず最後の彼女がデッキの中に入っていく時には人生の終わりを感じたものです。飛行機がロンドンの空を飛んで行った時にはただ、ただぼーっと佇んで止まらない涙を流すばかりでした。

それから僕も、大学院の進学が決まりだんだんと新しい生活に入って行き、手紙のやり取りもだんだんと少なくなり大学の授業はハンパないくらい厳しく彼女の思い出も少しづつ少なくなり、あれだけ好きだったのに時間って残酷ですね。

今、私には3人子供がいて日本人の妻がいます。不謹慎だけど、たまにマリアだったらどうなっただろう?とたまに考えます。かなり長文になりましたが以上が私の経験です。

外人の恋人が欲しい方へのアドバイス

女性はどこの国の女性も同じで、愛してあげないといけないものですよね。あと、レディファーストだけは肝に銘じてください。マナーの悪い私でもそれだけは守ってました。怒らせるとヒステリックになるのも欧米人の特徴だと思いますのでなるべく怒らせないように。